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穴太衆の秘技と明智光秀の足跡を辿る!
カテゴリ:スタッフブログ  / 投稿日付:2026/04/04 18:08

みなさんこんにちは、センチュリー21サグチ不動産の佐口悟でございます。
先日の休日に、滋賀県大津市、比叡山の麓に広がる「石積みの門前町」坂本へ歴史探訪に行ってきました!

今村翔吾さんの小説『塞王の楯』を読み、その圧倒的な世界観に魅了されて以来、ずっと訪れたかった「穴太衆(あのうしゅう)」の故郷です。

今回は、比叡山坂本観光ボランティアガイドの中川さんに同行いただき、ただ眺めるだけでは気づけない石垣の深淵に触れる贅沢な時間を過ごしましたー。

■ 穴太衆(あのうしゅう)の「野面積み」と驚きの移設技術
穴太衆とは、戦国時代に比叡山の土木工作を担った熟練の石工集団です。
彼らの最大の特徴は、自然の石をそのまま積み上げる「野面積み(のづらづみ)」。
一見無造作に見えて、実は石の「声」を聴き、その石が最も安定する場所を見極めて配置するそうです!!!
その堅牢さは、織田信長が比叡山焼き討ちの際、石垣だけは崩せなかったと驚嘆し、後に安土城の築城を命じたほど!
まさに最強の盾を創り出す技術集団なのです。

町を歩くと、滋賀院門跡をはじめ、見事な石垣と桜の美しい景色が至る所に広がっています。
ここでガイドさんに教えていただいた驚きのエピソードが!
町中にある立派な石垣(現在は上の部分が駐車場になっています)、実はこれ、道路が拡幅された際に元の位置から奥に移設されたものなんです。
その際、積んである石積みを「全く元の位置」に再利用したとのこと!
石垣をアップでよく見てみると、石の位置を間違えないように一つ一つ番号が振ってありました。現代の職人さんたちの途方もない労力と、受け継がれる技術に感動です。

■ 明智光秀公の足跡を辿る:西教寺と坂本城跡
次に向かったのは、天台真盛宗の総本山であり、我ら地元の武将、明智光秀公の菩提寺としても知られる「西教寺(さいきょうじ)」。
ここにも穴太衆が手掛けた見事な石垣が随所に残っており、特に総門から続く参道の風情は圧巻です!
本堂の重厚な造りとともに、光秀公が守り抜こうとしたこの地の歴史の重みを感じずにはいられませんでした。
また、琵琶湖畔にある「坂本城跡」にも足を運び、琵琶湖を背に立つ立派な明智光秀公の像にもご挨拶してきました(笑)

■ 幻想的なリフレクション:旧竹林院
比叡山の延暦寺を支えた僧侶たちの隠居所「里坊(さとぼう)」の一つ、「旧竹林院(きゅうちくりいん)」。
ここでの見どころは、なんといっても庭園のリフレクションです。磨き上げられた机に映り込む新緑は、まるで現実と幻想の境界線が消えたような美しさでしたー。

■ 日吉大社から比叡山へ
さらに足を延ばして、全国の山王神社の総本宮である「日吉大社」へ。山王鳥居の立派な佇まいに圧倒されます。
そして、日本一長いケーブルカー(比叡山鉄道)に乗って、比叡山延暦寺の入り口へ。木々の間を縫って急勾配を登っていくケーブルカーからの景色も最高でした!

■ 坂本グルメとお土産
たくさん歩いた後のお楽しみ!昼食は、歴史を感じる立派な店構えの「本家鶴喜そば」さんでいただきました。門前町ならではの風情を味わいながらすするお蕎麦は格別です。
そして、家族へのお土産はパン工房「西洋軒」さんへ。坂本ならではのネーミングが素敵な「石積パン」を購入しました(笑)
ご当地感たっぷりで、家族にも大好評でした!


今回、守りの要である「石積み」の穴太衆について深く学ぶことができました。
「守り」の次は「攻め」の技術。次回は火縄銃の二大拠点、滋賀の「国友(くにとも)」、あるいは和歌山の「雑賀(さいか)」へ足を運び、戦国を動かした職人たちの足跡を辿りたいと思いまーす。

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